磯崎新|1994|岡山|
昨年の秋、自転車で建築を巡る旅に出た。本当は、海外に行きたかった。だが、世間はまだコロナに厳しく、出れそうもない。ならば、日本を周ろう。今まで訪れたことのない地域に行きたかったので。西へ向かうことにした。
山陰から周ろうか、山陽から周ろうか、悩んだ末に最初に行ったのは、中間にある奈義町現代美術館。通称Nagi MOCA(ナギ・モカ)。地図の上で見れば、そこまで遠くない。しかし、実際は自転車を降りて押さないと登れない峠がいくつもある。先に陽が落ちてしまったので、この日は小さな田舎町の駅前で野宿した。一晩越して、なんとか昼前には到着。
この美術館は、荒川修作+マドリン・ギンズさん、岡崎和郎さん、宮脇愛子さんの四人の芸術家と建築家が話合い、美術作品を建築化したもので、作品と建物とが半永久的に一体化したもの。奥には、借景として那岐山がそびえ立つ。その那岐山山頂に向かって展示室の中心軸が設計されている。同様に、他二つの展示室の軸が向いているのは、南北軸や中秋の名月の方角。軸を配置の根拠にするのが、なんとも建築家らしい考え方である。
三つある展示室で気に入ったのは、展示室「太陽」。円筒を斜めにした望遠鏡のような建物。中に入ると、太陽に照らされた月が目前に迫るような空間が現れる。そして、石庭が左右を包み込み、鉄棒、シーソー、ベンチたちが普段ではあり得ない光景を作り出す。ずっと眺めていると上下左右の感覚がおかしくなってくる。天井、床、壁の概念を疑い出したくなるそんな空間だった。
思い返すと、体に違和感を感じ始めたのは、展示室「太陽」の前室からだ。天井が低く、狭い部屋に黒と黄で塗られた迷路のような不気味な模様。壁一面に貼られた写真。外側へ傾く床。その傾きによって、壁の写真を見るように強制する力を感じる。そして、傾いた螺旋階段。すでに、五感が違和感を感じるように仕向けられていたのである。
この美術館は、それぞれの部屋で静かに個人個人が自分なりに全身の感覚で何かを感じることを目的としている。なので、思索に耽るにはとてもいい場所。時間に余裕のある人は是非訪れてみてほしい。一方で、時間に余裕のない人はよりたっぷり時間をとって訪れてみてほしい。
三時間程過ごしただろうか。昼過ぎに美術館を出発。鳥取県を目指す。越えてきた峠が可愛く思えるほど、道のりは長く、急勾配な山道。二年前、箱根の山を越えた時を思い出す。あの時もかなり大変だった。今回は箱根の時よりも荷持が多い。なので、漕いでも進まないというより漕げない。降りて、一歩一歩進む。上り坂は辛いから、毎度自転車が嫌になる。が、下り坂に入れば、達成感とスピード感、風の気持ちよさで上りの辛さを忘れる。そして、また自転車に乗ってしまうのだろう。

